そんな力強い声をかけたと思うと声の主、エルネスは石造りの床を蹴った。一回のジャンプ
で石造りの壁の一番上まで飛び上がると、そこで着地しもう一度大きく飛んだ。二度目のジ
ャンプはリットのいる木の高さまで、軽々と届いた。そのまま両手でリットを抱え込むと、
木の幹を蹴飛ばして宙返りをし、石造りの床にきれいに着地した。
その流れるような一連の動作に、少女の涙も止まってしまっていた。
「ほら、リーム。」
今の運動で息切れした様子もなく、エルネスは少女、リームに手の中にあったものを渡す。
「リット……?」
リームがおそるおそる、エルネスに掴まれているリットに手を伸ばす。リットは一回、キー
と鳴くとリームの手をぺろりとなめた。それに問題ないと判断したエルネスが、リームの手
にポンとリットを乗せるとリットはリームの肩まで駆け上がり、そこでちょこんと落ち着いた。
「やっぱ、飼い主の肩が一番落ち着くみたいだな。」
エルネスはそう笑ってリームの頭をポンポンとなでる。それに、リームの顔がパーッと明る
くなった。
「うん…うん!ありがとう、エル!」
「おう、どういたしましてだ。」
リームの笑顔に満足したのか、エルネスも笑顔を返す。と、そこでエルネスの腹が派手に鳴った。
「あ…」
あまりのタイミングの良さと、エルネスの少しばつの悪そうな顔にリームはくすりと笑った。
「もうすぐお昼だもんねエル、ご飯食べてく?」
「マジでか!?リームのお母さんのご飯うまいんだよな!!」
そう言ってはしゃぐ姿は、さっきまでの頼りがいのある感じはきれいさっぱり消えていた。
でも、こういう飾らない性格なところがエルネスのいいところであり、また国の人たちに
(特に子供たちに)人気が高い理由だった。









「お話はよく分かりました。」
執務室で使節団と向き合っていた、部屋の主はエヂカにそう言った。エヂカは勧められたソ
ファで一人だけふんぞり返りながら座っていた。
「物わかりがよくて、たいへんありがたい。」
取り繕うこともしない、上から目線の態度を気にせずに、部屋の主はそばにいた兵士にいく
つか指示を出す。指示を受けた兵士は、先ほどから居心地が悪かったのだろう、急ぎばやに
部屋を出て行った。部屋の主はさてと、といった感じでエヂカにまた向かい合った。
「現在城にいる兵士全員に捜索の命を出しました。この城下はさほど広くもないのですぐに
見つかると思います。エヂカ殿は捜索に出されているだろう兵をどうか一度お引きになって
ください。」
「たしかに我が国の都心から離れた田舎町ほどの広さしかない、この城下ならすぐ見つかるだ
ろうが、探す手は多いに越したことはないだろう?」
エヂカはゆったりと笑いながら部屋の主に言葉を返した。部屋の主は同じようにゆっくり微
笑むとこう言った。
「今回のご訪問はあくまでお忍びだというのに、問題は発生し、さらにその捜索で太陽の国の
兵士が月の城下を歩けば、目立つことは必至。エヂカ殿の管理能力が疑われると思いますが?」
一瞬何を言われたのか分からないといった顔をしたエヂカに部屋の主は言葉を続ける。
「ご自分の首が飛ぶ覚悟であの御方の身を案じていらっしゃるとは、すばらしい忠心ですがもう
少しご自身の身を大事にした方がよろしいですよ。ことが大きくなれば、さらにあの御方の身も
危険になります。どうかよくお考えください。」
すごく丁寧な言葉ではあるが、要約すれば手を出すなということと、今回の件でのエヂカの過失
を指摘している物言いだった。
「エヂカ殿にはエヂカ殿なりの考えがあると思いますのに、出過ぎた真似失礼いたします。」
 未だ言われた言葉の意味を理解しきれていないエヂカをよそに部屋の主は立ち上がった。
「私も、細かい指示を兵士に出す必要があるので、少し失礼いたします。何かありましたら部屋の
すぐ外にいる兵士に何でも仰ってください。」
それでは、と最後まで丁寧な対応を崩さずに部屋の主は部屋を出て行った。何かを言いかけていた
エヂカは、結局何も言えないまま口をパクパクさせるしかなかった。





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